「忘れる」ということはよくないことだと一般には思われていますが、今回はこの「忘れる」という機能について考えてみます。
これまでの教育では、人間の頭脳を倉庫のようなものだと見てきた。知識をどんどん蓄積する。せっかく蓄積しようとしている一方からどんどんものがなくなって行ったりしてはことだから、忘れるな、が合言葉になる。ときどき、在庫検査をして、なくなっていないかどうかをチェックする、それがテストである。コンピュータの出現、普及にともなって人間の頭を倉庫として使うことに疑問がわいてきた。忘れることに対する偏見を改めなくてはならない。そして、そのつもりになってみると、忘れるのは案外難しい。
(思考の整理学 外山滋比古 ちくま書房)
あたりまえのような顔をして。はじめちょっとは泣いたが、もう慣れてしまっている。人間なんてあさましいものだ。どんなことにでも慣れてしまうものだ!
(罪と罰 ドストエフスキー 新潮文庫)
シュンペーターは、資本主義ダイナミズムの中心に「創造的破壊」のメカニズムを看て取った。おしなべて経済の形態はある時点で必ず旧式なものになってしまうのが運命なので、新しい技術と新しい企業が絶え間なくそれに取って代わるというのである。
(我々はどこから来て、今どこにいるのか エマニュエル・トッド 堀茂樹訳 文藝春秋)
日常生活で経験したことをすべて記憶してしまう病気の人がまれにいて、精神的にかなりつらいという話をテレビで観たことがあります。人間には記憶する機能と合わせて、忘れる機能が備わっています。この忘れる機能というのはわたしたちにとってとても重要なのです。
変わらないでいられることは、新しい努力をしなくてもいいことなので、とても楽なのですが、本当に何も変えなければ、水がよどむようにどんなにすばらしい成功体験でもその価値は薄れてしまうものです。「忘れる」という機能がなければ、すばらしい成功体験の価値が薄れずに残り、人は変わろうとしないでしょう。「忘れる」機能を使って新しく変わり続けられるということは、この世界に新しい価値を生み出し続けてくれる秘法です。ですから「忘れる」という機能は新しい価値のために不可欠な機能なのです。