これだけ寒いと布団から出るのも一苦労です。本当に人間は弱い存在だと思い知らされます。
苦行といえば、ヨガの行者の特異な姿勢を思い浮かべますが、同じインドで2500年前に悟りを開いたお釈迦様も悟りに至る前に、とことん苦行をされたことが知られています。
ガリガリに痩せた仏像を見たことがありますが、東洋でも西洋でも、今までの歴史は断食や死に至るほどの苦しい苦行を行いながら、多くの行者が悟りを求めてきた歴史でもありました。
苦行の最大の目的はもちろん「悟り」に至ることですが、悟った人が具体的にどのような人かとイメージすると、そのような人は自分の肉体の欲望を完璧にコントロールできる人だということに異論はないことでしょう。
しかし、このように考えるだけでも、「絶対自分が悟るのは無理だ」と感じる方がほとんどなのではないでしょうか?それほど自分の肉体をコントロールするのは難しいのです。
さて、この自分をコントロールできる方法について考えてみました。
まず自分が自分をコントロールするという方法は、苦行を乗り越えられる特殊な人間だけの特技なのでしょうか?
おそらく違います。
人間のからだの構造は完璧にできています。そこに完璧なコントロールシステムが備わっていないはずがありません。
動物は自分のからだをコントロールできているでしょうか?家にいる猫や犬をみたらわかりますが、動物も安楽な環境を与えれば、安楽に過ごそうとします。人間がそのようにしたところで、それはそれで自然な姿なので、コントロールできていないとはいえません。だからスーパーマンのようになることが、コントロールするということではないのです。ですから、普通の人でも自分をコントロールすることはできるのです。
問題はこころに肉体が従わないことです。こころは思うのに、肉体の欲望に負けて犯罪を犯してしまうということがあれば、それは自分をコントロールできていないということになります。
つまり、自分をコントロールできるかどうかはこころとからだの関係の問題なのです。
どうすればこころがからだをコントロールできるのでしょうか?
こころの持ち方の問題であるとわたしは思います。
人は現状に不満を持ち、周囲から「してもらう」ことを常に期待して生きています。これが、こころの弱さの究極の原因です。
この発想を転換することができれば、自分を目的としない生き方ができれば、おのずとエネルギーが湧いてきて、からだはこころに自然についてくるのです。