
今朝の新聞記事を見ていて、ふと思いました。
海外から日本の高齢者を狙った特殊詐欺がとても増えているので、国として対策を考える・・・という記事です。
「高齢者が一生をかけてコツコツ貯めてきたお金をだまし取るなんて許せない」「外国人が日本人からたくさんの財を奪い取っている」
私も最初はそんなことを感じました。
ただ憤り、というかそんなネガティブな感情が自分の腹の中にあることに違和感を感じて、少し別の見方を試してみることにしました。
“これから自分は1万円というお金になって物事をみてみよう”
と考えてみたのです。
造幣局で生まれたのか、銀行の利息として生まれたのかわかりませんが、私はふとこの世に生まれでていました。どんな意味があって生まれたのかわからないけれども、この世界の一部として精一杯責任を果たしたいとは思っています。とにかくこの世界の役に立ちたいのです。
そんな私は株式の利益の一部になったり、政府の公的補助の一部になったり、誰かの給料になった後、小学生のお小遣いになったり、お酒と引き換えられたりしながら、いつの間にか外国に行っていて、武器の代金になったり、おばあちゃんのタンス預金になったりしながら、いろんなところを旅してきました。
私には自分の使い道を決めることはできません。わたしの価値を十分に役立ててほしいけれども、誰かに心の底からの歓びを感じてほしいけれども、私の使い道を決めるのは、私の所有者です。私にはどんな使い道が善なのか悪なのか知ることはできないし、それを考えることはこの世の道理ではありません。
つまるところ、私は所有者である人を信じるしかないのです。
ひとたび使い道が決まったら、私は精一杯の努力をして責任を果たします。だからお願いです。
私がこの世の役に立てる使い方をしてください。私の存在に正しさを与え、生きる意味を与えることができるのはあなただけなのだから・・・。