唐突ですが、ご自分の腕をじっと見てみてください。
特に肘のあたりをよく見ると、青い血管が浮き出て見えますよね。
医療関係の仕事をされていない方が、そうやってじっと血管を見つめることはほとんどないと思います。絶対にしようと思わないと思いますが、あえてお願いしてみます。
そこに針を刺すことをイメージしてみてください。
次はカッターナイフでも何でもいいので刃物で皮膚を切ることをイメージしてみてください。
ものすごくこわいでしょう?
わたしたちは医療現場で働いているので、日常的に他人の皮膚に針を刺したり、刃物で皮膚を切ったりするのですが、正直とてもこわいです。ただ、尻込みしながら注射すると針を浅く刺してしまったり、針先が震えたりしてかえって痛い思いをさせてしまうので、冷静にできるように訓練しています。ですから、安心してください。でも正直な話、しなくていいならしたくはありません。治療できるという確信があるからこわい思いを飲み込んで、注射や手術ができるのです。
さて、今回この話を持ち出したのは、生きたからだに金属などの異物をあてる行為がどれほどこわいかを思い出していただきたかったからなのです。
殺人事件や戦争の映像を見る機会が増えています。なぜそんなことができるのかと胸を痛めることが多いのですが、じっと考えてみると、加害者の痛みに対する想像力に問題があるように思えて仕方がなありません。さきほどイメージしていただいたように、生きたからだに物理的な力を加えることは想像するだけでとても怖い行為です。ですから、引き金を引く前に、凶器を振り上げる前に、その怖さを少しでもイメージしてほしいと思うのです。
現代はインターネットを通して豊富な知識に接することができますが、知識は実体験としての記憶や感覚を伴いません。だから知ったつもりになっているだけです。本来は実体験を通して、想像力も鍛える必要があるのではないでしょうか?
他者を傷つけても、被害者の思いを勝手に自分に都合のいいように解釈する人がいます。そのような人には、他人の痛みにも共感できる訓練が必要なのです。
悲劇が少しでもなくなることを願ってやみません。