自宅で最期を迎えたいという末期がんの患者さんを受け持っています。
夜中でしたが、ちょうど外出中に携帯電話が鳴り、めずらしくその方の家の番号がディスプレイに表示されました。
すぐに電話に出てみると、息子さんが電話口に出られ、とても心配そうに話されます。「父が先生に電話しろっていうんです。お腹が痛いというのですが、強い痛みではなく鈍痛がおさまらないので、初めての症状で・・・」と言われます。よく腸ねん転を起こされるので、強い痛みの時はすぐに救急車を呼び、救急病院で腸の処置をしてもらってすぐ退院されるので、そのような痛みにはご本人も家族も慣れているはずです。
なにか変だなと思い、いろいろと質問してみました。“お腹全体が痛い”とか“左手が冷たくて、本人が寒いと言っている”とか感染性の腹膜炎を疑うような話も出てくるのですが、その割には本人は会話ができている、熱もあまりなさそうだ。なかなか医学的な全体像が見えません。ただわたしの耳には息子さんの不安そうな声だけが残っていました。
「今から行きましょうか?ちょうど外出しているので、大丈夫ですよ」という言葉が勝手に出てきました。
深夜でしたが、なんの道具も持たずとりあえず患者さん宅に訪問してみました。
ご本人に会ってみると、寝たままの状態ではありましたが、明るい表情で「熱は37.5度でした。いつもそのくらいなんです。」といいながら、縷々現在の症状を説明されるのです。腹壁も硬くありません。
「がん性腹膜炎の痛みかもしれませんね、麻薬を貼る量を増やしてみましょうか?」と話し、それで様子をみてみましょうと話して、帰りました。
翌日お話を聞いてみると、あれだけ痛みで眠れないかもしれないと言っていた患者さんが、麻薬を貼った途端、すっと寝入られたそうです。そして翌日はなんともなく食事もできたと言われていました。
不安感という感情は身体的にも影響するな~、こころとからだはつながっているな~と実感した一日でした。
後日、奥様から「先生のお顔をみただけであんなに安心して・・・。うそみたい!」と言われたのは本当に医者冥利につきる一言でした。